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卒業生・保護者の声   〜 Voice 〜

  卒業生や保護者の方に塾への声を寄せてもらいました。  その他の保護者の声  卒業生・保護者の声

第17期生 富原中 → 釧路高専 電気工学科 → 日立メディコ  富樫祐介くん

■学校生活を終えて

 長いようで短かった高専生活。皆さんは高専の5年間は長いなぁと感じるかもしれませんが,自分は特にそんなことを思う間もなく高専生活が終わってしまったという感じがします。思い返せば電気科での5年間はとても充実したものでした。
 1〜3年生までのころは専門教科や簡単な実験があるものの,授業をしっかり聞く,提出期限を守る,テスト前の1週間前から勉強するという3点を自分の中でしっかり守り生活することで進級には問題なく,部活もやりながら楽しく過ごしていました。でも,そもそも自分は中学のときまでは勉強もできる方ではなかったので,よく問題なく進級できたなぁと思います。やはりこれは目標を持つことと持続・継続することが大切なのだと思います。
 このときの目標は「絶対に進級する」と「医療系の会社で働く」の2つでした。また,持続・継続とは中学のときに塾で身に付けた勉強するクセというのをそのまま高専生活でも自ら意識して続けることです。この2つが高専や高校生活を充実できるカギかなと思います。
 さて,4年生のころですが,ここが高専生活の鬼門の学年です。1〜3年生で学んだことの応用や実践的な実験など一気に勉強の内容があがります。実際この年に自分が何をしていたのかあまり覚えていません。毎日やることがあって,勉強をしたり小テストの復習をしたり,実験のレポートを書いたりと,とにかく机に向かっていたような気がします。しかし,今だから書けることですが,この年こそが自分が一番成長できた年でした。これは1〜3年生までの経験から自分自身の力で物事を達成することが多かったからです。そして自分自身の力で勝ち取った進級・・・。残すは5年生だけです。ちなみに,4年生はつらいだけではありません。高専祭では自分たちで露点を開くことができたり,なんといっても修学旅行があったりとさまざまなイベントがあります。これを含めて4年はとても充実していながらも厳しく,成長できる年なのです。
 5年生は学校生活の中で一番授業数が少なく,とてもゆったりとした時間を過ごせる年です。5年生の最大のイベントは就職活動です。高専は就職にとても力を入れているので,4年生のときのコミュニケーション実践という授業で敬語を習ったり,就職ガイダンスで就職のノウハウを学んだり,企業説明会というイベントで集まった企業を自分で選んで実際の企業の方からお話を伺ったりなどしていたため,不安は特にありませんでした。もちろん緊張はしますが。
 そんなこんなで自分は目標どおり,日立の医療系の会社に就職を決めることができました。就職が決まれば後は卒業研究という,自分の興味のあるテーマを研究する毎日なので空き時間も多く,とても楽しい1年でした。
 書ききれない部分は多々ありましたが,以上のような生活を送って,自分は高専を卒業することになります。充実した生活を送るアドバイスをするとしたら,自分は2つあります。
 まず1つ目はとにかく「やる」ということです。勉強も部活もとにかくやって努力してみてください。この努力はきっと未来で自分の力になります。
 そして2つ目は,困ったり自分の進む道がわからなくなったりしたときには「塾を訪れる」ということです。きっと,いいアドバイスをしてもらえたり,話を聞いてもらえたりと,これからの進む道のヒントが見つかるはずです。自分も5年間でけっこうな数,塾に顔を出していろいろな話をしたり,アドバイスをもらったりしていました。
 今の自分があるのもステップゼミナールのおかげだと思っています。ですから,時間を見つけて塾に行ってみてください。もちろん自分にも聞きたいことがあったら気軽に聞いてください。何でもお答えしますよ。
 それでは,よき学校生活を!

第18期生 遠矢中 → 明輝高校 → 市立高等看護学院  佐藤奈々さん

■夢をかなえるために

 私は中学3年の11月にステップゼミナールに出会いました。
当時の私は勉強よりも遊びが優先で,学力テストABCの平均点も140点でした。でも,そんな点数でも「明輝に行きたい」という夢は捨てられずにいてとても悩んでいました。そんな時に友達の紹介でステップゼミナールに出会い,塾長とたくさん話をして明輝を受験することを決断し頑張ることにしました。
 しかし,その決断を学校の先生が許してくれるはずはなく,私は何度も職員室に呼ばれ商業高校を受験するように説得されました。私を誰もいない教室に呼び「頼むから商業を受けてくれ」と泣きながら言った先生もいました。
 私はとても悩みましたが,どうしても明輝高校に行きたかったのでそれを断りました。
 それからは毎日毎日勉強しました。これでもかというくらい頑張りました。髪も切りました。そのおかげで明輝高校に合格することができました。しかも入試の点数は199点で,一般入試を受けた受験生の中で2番目の成績でした。
 入学式には生徒代表で宣誓文を読み,私の高校生活のスタートは最高でした。
 しかし高校生活は思っていたより楽しくて,部活に生徒会に遊びに・・・。やりたいことはとことんやる生活を送るようになりました。ステップゼミナールにも継続して通っていましたが徐々に行かなくなりました。
 部活も辞めました。それからの私はアルバイトをしてお小遣いを稼ぎ,それを使って遊んでばかりで,当然成績も下がりました。
 そんな毎日を送っていた私ですが,中学生のときから看護師になりたい夢がありました。看護学校は倍率が高いので,今のままでは合格できないという焦りからとにかく勉強することにしました。しかし,なかなか成績は上がりませんでした。そこで内申点も上げようと色々な活動に参加しました。生徒会長を経験し,短期留学もし,ボランティア活動にも参加したり,とにかく頑張りました。
 その結果,市立高等看護学院の公募推薦を得ることになりました。推薦を得たとはいえ,昨年推薦受験の二人の先輩が不合格だったため,私が合格できる確率は宝くじに当たる位低いと塾長にも言われました。
 私は一般入試に向けて春から勉強していたので,推薦入試での合格は考えていませんでしたが,せっかくのチャンスを活かそうと,小論文や面接の練習を毎日一生懸命やりました。
 推薦入試当日は,持ち前の明るさと笑顔で,それまでやってきたことを十分発揮することが出来ました。
 それから数日後,合格通知が家に届きました。母の手術の二日前でした。
 これから「看護師になる」という夢に向かってがんばります。
 私の進路の事でたくさん相談に乗って頂いた塾長と大本先生には本当に感謝しています。本当にありがとうございました。
 最後に塾生の皆さんは塾長と大本先生の言うことをよく聞いて夢に向かって頑張って下さい。しっかり聞いて,本気で勉強すれば道は必ず拓けます。心から応援しています。

第18期生 富原中 → 江南高校 → 慶応義塾大学  新田智徳くん

■塾生のみなさんへ

 この塾を卒業してから4年,僕は1年の浪人を経て大学生になろうとしています。
ステップゼミナールには小学校3年生のときから7年間通い,江南高校に進学しました。3年間は塾にも行かずにテニス部に所属していましたが,何とかなったのはステップゼミナールに通った7年間の貯金だったと思います。
 ぼくは高校1年生の初めから北海道大学を志望していました。1つ自慢できるのは,高校に入ってすぐに北大の赤本(過去問)を買ったことですが,一つもできる問題がありませんでした。
 もともと数学は得意だったので授業についていけましたが,英語は最後まで伸び悩み,現役での受験でも結局英語が足を引っ張り,何校か受けた大学すべて不合格でした。
 それから家の事情で東京に引っ越すことになり,東京にある「駿台予備校」で浪人しました。この予備校では,とにかく周りの生徒の意識や学力レベルが高く,勉強するにはとても良い環境だったと思います。
 浪人してからも目標は北大で,夏までは基礎,それ以降は応用問題に取り組み,模試ではA判定をとれるようになりました。模試も一通り終わって12月の中旬ころからはセンター対策に本腰を入れてやるようになり,1ヶ月の間センター対策の勉強をみっちりやりました。しかし,本番では思うように行かず,現役の時よりも点数が下がるという結果になり,北大はE判定。それでも二次試験にはすごく自信があったので迷わず願書を出しました。
 結局,今年も北海道大学には合格できませんでしたが,慶應義塾大学と青山学院大学に合格したので,慶応大学に進学することにしました。小さいころから行きたかった北海道大学に合格できなかったのは悔しいのですが,この1年間は本気で勉強したので結果には満足しています。
 高校受験も大学受験も本番でうまくいかないことがあります。例え第一志望に届かなくても,その結果に満足できるように全力で勉強することが大切だと思います。
 ステップゼミナールの塾生の皆さんも高い目標を設定し,塾の指導にしたがって本気で取り組めば,必ず良い結果につながると思います。頑張ってください。